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〔メモリアルアルバム〕北海道/旧国鉄ローカル線・旅の記録 [旅行]

前々回の記事で「異常なハムカツ」を取り上げましたが、それはsuzuran6さん

にお会いする目的があったからです。

その目的とはsuzuran6さんにずっと預かっていただいていた鉄道関係のとある

荷物を引き取ることでした。

そしてその荷物とは、ワタシが今から35年前(1981年です)に北海道を

旅したときのローカル線録音テープと 41年前(1975年です)に発行された

鉄道時刻表です。

というのも、先日ある探し物をするために実家の天井裏を漁っていたら、探して

いたものとは別の掘り出し物に巡り合ったのです!

その掘り出し物とは35年前のスナップ写真。

そうです、旅したときのスナップ写真が大量に見つかったのでした。

いやあ、まるでタイムカプセルを掘り当てたような気分でしたね。

ということでこの喜びをひとりで楽しむのはもったいないと考え、身勝手ですが

スナップ写真の一部を披露しながら、臨場感を持たせるために録音テープや時刻表

の関連部分なども併せて公開したいと思い、荷物を引き取らせていただき今回の

ブログ報告となるわけです。

なお「鉄」に殆ど興味のない方(スルーされた方がいいかもです・・・)もしくは

年齢が30歳に満たないお若い方向けに若干の補足をしますと、その昔JRがまだ

「国鉄=日本国有鉄道」として活躍されていた時代に「北海道ワイド周遊券」なる

便利な乗車券がありまして、この切符があれば(拙い記憶ですが)往復の運賃程度

で北海道内の国鉄乗り放題で期限も20日間有効と至ってリーズナブルなものでした。

なのでワタシなど夏2回、冬1回の合計3回ほどこのワイド周遊券を使って当時の

北海道内国鉄全線乗車を果たしたりしていたわけです。

さて、まず手始めに75年時の時刻表から抜粋した路線図です。(81年時もほぼ

同様でした)

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ここから先が35年前スナップ写真となります。

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<白糠(しらぬか)線> 終点;北進駅。

「北へ進む」願いを込めて命名された駅名だそうです。

1日3往復しか走行していなかったのでかなりの時間を費やして乗車しました。

でもワタシが乗車したときには既にすぐにでも廃止になると言われ、実際2年

後に「超赤字路線」として真っ先に廃止された路線だったので、このときを

逃したら一生後悔するとの思いを強くして乗った記憶が残っています。

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北進駅の先の終端部分、当時から終点フェチでした。

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<美幸(びこう)線> 終点;仁宇布駅

美幸線は鉄分が強くない方でも「日本一の赤字路線」として名を馳せたので

白糠線などよりは知名度が高いのではないか、と思います。

因みに現在は廃止路線を活用して「トロッコ列車」として楽しむことができ

観光客もそれなりに訪れているようです。

ワタシはここのトロッコ未体験なので一度訪れたいなあと願っている先です。

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さて、こちらの写真は下の書籍からの抜粋。

この景色を見れば、人の手が加えられている部分が全く見当たらない

ことが一目瞭然なのに、どうしてこのようなところへ鉄道を敷くのだろう、

と率直に疑問を抱いてしまうでしょうね。

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あるブロガーさん(現在ソネブロご卒業)から紹介され衝動買いしました。

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こちらは <天北線>の曲淵ー小石駅間。

ここの区間はスナップ写真を撮り損ねたのですが、ワタシが最も興味を抱き

かつこだわっている駅間距離(駅と駅の間の長さです)において当時最長

不倒を誇っていたところでして、車窓景観としてもベスト1のエリアです。

因みに書籍の中でもこの区間がトップページに掲載されていたので嬉しく

なりました(^^)/

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キロ数表示 小石99.0  曲淵116.7・・・駅間距離17.7km

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<士幌線>終点;十勝三股駅

なぜバスが写り込んでいるかといいますと、列車が運行しておらずバスが

終点の2つ手前の「糠平(ぬかびら)駅」からこの「十勝三股駅」まで

代行運転していたのです。

と言うのも①ここの区間はかなりの急こう配がありかつて正面衝突の大事故が

発生した②人口が激減してしまい一日の平均利用者数が何と6人となって

しまった ことが理由だそうです。

已む無き事情ですが「乗り鉄」としては残念に他ならない気持ちが強かった。

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十勝三股の駅舎、こんな状態でも時刻表には堂々駅名が掲載されていました。

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「北海道路線図」と「天北線時刻表」はこちらから抜粋。

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さて最後は<標津(しべつ)線>奥行臼駅です。(終点ではありませんが・・)

シャッターチャンスが若干遅れて駅名標がずれているのはご愛嬌ということで・・

ここのエリア(別海=奥行臼間12.3Km  奥行臼=厚床間11.5km)も

天北線と並んでワタシが最も好む車窓景観のエリアです。

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広大な平原が続き、北海道を象徴したかのような車窓景観です。


奥行臼から厚床(あっとこ)に向かう列車音と車内放送。

車掌さんが「厚床より根室行き乗換は9時18分発です・・」と説明して

いますが、75年の時刻表で調べてみると確かに同時刻の列車が掲載

されていました。

ということは乗っているのは8時59分厚床着の列車のようです。

    ◇        ◇        ◇        ◇

ということで、35年前のスナップ写真を眺めながら、同じときに

録音した列車音のテープを聴いて、41年前の時刻表を覗いていると

バック・トゥ・ザ・フューチャーの世界に浸れて夢心地です。

それにしても「見る」と「聴く」を同時に行うことは効果絶大ですね。

記録を残しておくのは面倒で手間のかかる作業ですが、こういうときの

楽しみは格別です、あー残しておいてよかったと(いつもながら)自己

満足でお開きとさせていただきます。


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満開の桜とねじりまんぽ [旅行]

いつもながら無計画な旅に行ってまいりました。

先週日曜に大阪へ行く予定があったのですが、その前々日である金曜日の時点

まで日帰りやむなしの状況だったためどこにも寄り道できないものと半ば諦めて

いたのです。

ところが急転直下金曜の夕方に前泊できる見通しが立ったのです。

ならば、と曽根風呂上で多くの方が取り上げ、またオフ会兼鑑賞会なども開かれ

たりしているのでワタシ的には今もっとも訪れたくてうずうずしていた場所で

ある「京都/南禅寺」のエリアで水路閣を始めとした趣深い古煉瓦の遺構を

拝んでこようと決断して土曜日に旅立ったのでした。

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いきなり本題の「満開の桜とねじりまんぽ」 

ご覧の通り人出も相当なものでしたが、桜を狙って訪れた訳ではないのに

一年で最も鮮やかであろう時期に訪れることができたので、まるで宝くじ

にでも当たったかのようなハイな気分でソメイヨシノとねじれた古煉瓦の

トンネル(まんぽ)をじっくりと鑑賞させていただきました。

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この目でじかにお目にかかりたかった「ねじりまんぽ」

古煉瓦フェチにとってはほおずりしたくなるような遺構です。

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満開の桜をバックに「ブラタモリ」にも登場した「インクラインの台車」

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九条山ポンプ室と満開桜、古煉瓦の遺構美とソメイヨシノによる自然美の競演。

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「インクライン」、軌間(レールとレールの間)の異様な広さに驚愕。

最初に見たとき狭軌の単線かと見紛ってしまいました。

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これ「ブラタモリ」で取り上げていた「イヌクギ」かと思い、写したのですが

勘違いでした(>_<)

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「満開の桜」と「ひとだかり」と「インクライン」

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南禅寺の水路閣です。ここは桜とのコラボは無いんですね(残念)

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「マジックミラー」の如し、人気撮影スポットです。

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水路閣の上はどうなっているのか確かめたくなるのが人情。

歴然と水が流れていました。

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水路閣橋脚部分の幾何学模様。新橋の山手線煉瓦にも似たようなデザインが

あったような、あ、三角と丸の違いだったかな・・

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そして南禅寺と桜

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南禅寺三門からの風景。見晴らし抜群でした。

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厳然とそびえ立つ三門と桜。

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インクライン界隈に戻って来て蹴上発電所と桜、どちらにも萌えます♡

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いや~古煉瓦ってほんとうにいいですね、それではまた。

(もちろんさくらも)

と勝手にひとりで盛り上がって終了です・・・


温泉が流れている手水舎【北向観音/長野・別所温泉】 [旅行]

まず、豪雨の被害に遭われた皆様におかれましては心よりお見舞い申し上げます。

さて相変わらずのマイペースブログにお越しいただきまして恐縮です。

今回のテーマはちょうど1か月前、猛暑のさなかに学生時代の先輩3人と長野・

菅平に避暑に出かけたときのこと、ではなくその前に寄り道した先のことを取り

上げます。

都内から先輩の車で目的地に向かうのですが、設定された待ち合わせ時間に

プチびっくり。渋滞を想定して都内を朝5時半出発とのこと。

眠い目をこすりながら待ち合わせ場所に電車で向かい、ほどなく先輩の車が到着。

関越道で目的地へ向かうもうれしい誤算でほとんど渋滞に合わずスイスイと

流れたのでした。

よって目的地へは思いのほか早く着きそうなので寄り道をしていこうということ

になり、長野県上田市の別所温泉に向かったのでした。

しかし午前中から体も動かさずいきなり温泉に入る、というのもなんだかもの

足りなかったので一汗かくために、すなわち目的でなく手段として寺院見学を・・

国宝に指定されている「安楽寺」や天然記念物に指定されている「愛染かつら」

が境内に生えている「北向観音」などを見て回りました。

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「北向観音」です 。

ご覧の通り石段を下りてから上るため汗びしょになりました。

(ある程度の手段達成!)


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手水舎がありましたので手を清めようとしたところ

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なんと温泉ではないですか!

「慈悲の湯(源湯)

 この泉(おんせん)は北向観音境内から湧出しているもので口をすゝぎ

 手を清めてご参詣ください。

 尊いこのご慈悲の泉(おんせん)は他一切のご使用を禁じます。

 平成二年十月 北向山 山主」

へえ~ 手水に温泉が流れているというのはワタシにとっては初体験でした。

さすが温泉街の中の寺院ですなあ。

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北向観音の由来です。

その名の通り観音様が北を向いているからとのこと。

一般に寺社は極楽浄土の方向とされる東か南向きとされているそうですが、

こちらは南を向く善光寺と向かい合うように立てられたとのことです。

来世の利益を願う善光寺と現世利益を求める北向観音の両方に参ることで、

現世と来世の幸福が約束されるという信仰があり、片方だけにお参りする

ことを「片参り」と言うのだそうです。

そう言われてもそんな予備知識を持たずに成り行きで訪れたものですから(困)

まあ、以前に善光寺は訪れているのでそれでよしとしよう。

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このほか、先に触れました「愛染かつら」も境内にありましたが、かの有名な

「愛染かつら」(花も嵐も踏み越えて~♫)だとは知らず撮りそこないました(涙)

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境内に続く参道横にはこのようなものが見られました。

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さて、参道横100メートルくらいのところに待望の共同浴場の温泉がありました。

屋根構えに歴史と風格を感じさせてくれます。

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値段は庶民の味方。(ウレシイ)

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浴槽がまたカワイイのです。でも噴き出した汗を気持ちよく流してくれるには
十分で大変快適でした。
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ということで全く無計画なプチ旅でしたが、とても充実していたので
次回はもっと計画的に再訪したいなあ、と思った次第であります。
(いつもながらですけどね)
なお国宝「安楽寺」は次回気が乗ったらレポ致します。

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カナダ旅行記(3)ビクトリア滞在 [旅行]

ホームステイ先では3泊お世話になり、その間2度手作りの朝食をご馳走

になりました。

60歳の男性カナダ人が作った手料理は2回とも(多分)カナダらしいメニューで

カナダの(おそらく)一般的な食文化を充分堪能することができたし、味の方も

いけてました。

1回はパンケーキにフルーツの盛り合わせで、パンケーキには定番のメープル

シロップやスプレー式のホイップクリームをつけて食します。

もう1回はブレッドにストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリー

のフォーベリーがセットとなってのもてなしを受けました。

特にブラックベリーはあまり食べ慣れていない果実でしたが適度な酸味と甘みの

バランスがよくて美味しかったです。

(ただ欲を言えば糖尿病食事療法中の身であるワタシにとっては野菜が不足して

いたかも・・・です。)

さて貴重な体験を存分に受けたバンクーバー(バーナビー)での4日間のあとは

ビクトリアに移動です。

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ネズミの国のシンデレラ城ではありません。

ブリティッシュコロンビア州の議事堂で現役で使われている建物です。

1898年の建築とのことなので優に100年を経過している訳ですね。

この撮影は夜の散歩中での1枚ですが、ご覧の通り、街全体がファンタスティック

で非常にクリーンな感じ。(バンクーバーもごみごみ、ごちゃごちゃ感が全くなく

クリーンな感じを受けましたがビクトリアの方がその印象は勝ってますね)

ワタシのようなムサいおっさんには 相応しくない街かも、なんてちょっといじけ

ちゃったりします。

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「ブッチャートガーデン」ビクトリアで有名な植物園です。

元は石灰工場だったとか、園内の一部で面影が残っていました。

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またも日本で見たこともない表示と設備に遭遇。

犬などペット専用の水飲み場のようです。こんなもの日本にあるのだろうか?

ペットを飼っていないワタシが無知なのでしょうか・・ともかくいたく感心

してしまいました。

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園内売店でゲット、しばしの休憩。

これで4ドルちょっとだったかな、味の方は適度に濃厚でクリームのキメも細かく

普通においしかったです。(実はワタシソフトクリームフリークでもあります)

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「日本庭園」の一角が設けられており日本文化の象徴が楽しめます。

ご覧のような鳥居や石灯籠などが鑑賞できるのですが、確かに西洋文化の中で

突然日本の文化に出会うと妙に神秘的な感覚に囚われてしまうものです。

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ブッチャートガーデンは超有名な観光スポットでしたが、ツアー仲間のひとりが

マイナーかつマニアックなスポットを見つけてきたので自由行動の日にはそこを

目指しました。

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「海軍軍事資料館」です。

入場料は無料のかわりに入館に際してパスポートの掲示を求められました。

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中に入るといきなり「女性の軍服」が飾られていました。

何と第二次世界大戦時のものだそうです。

日本では今でこそ女性の自衛隊員も増えてきましたが、よもや太平洋戦争時に

女性兵士は考えられなかった、しかしカナダでは結構女性兵士が活躍した、との

展示がなされていたのにまず驚き、感心してしまいました。

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かつてのカナダ国旗(との説明を受けたのですが、改めてWikiなどで調べると

確かに現在のカナダ国旗は1965年からとなっているものの、それ以前は上記と

違う図柄でした。ウ~ン、わかりません)

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これは核シェルター内の模倣展示だそうです。

さて、軍事史料館建物の周囲には歴史を刻んできた建物が見受けられました。

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じゃ~ん、古煉瓦建築建物を発見。

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イギリス積みかと思いきや長手積みのようです。

残念ながら刻印は見当たりませんでしたねえ。

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「TUNAMI」が国際語であることを実感!

海岸の近くなのです。

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こんな警告板もありました。

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さてビクトリア観光の最終日にはご覧のような小型遊覧船で湾内観光を行いました。

1時間弱の観光でしたが、湾内を離着陸する小型飛行機滑走シーンや空を飛んでいた

カモメが突如水面めがけて下降したと思ったら見事にカニらしき獲物を咥えてまた

舞い上がっていく瞬間や、カモメの交〇シーンなど実にユニークかつ貴重な場面に

遭遇することが出来、楽しませてもらえました。

このほかまだまだ紹介したいことは多々ありますが、キリがないのでシリーズ第3回で

一応一区切りとさせていただきます。

長きにわたっておつきあいありがとうございました。


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カナダ・バンクーバー/ホームスティ旅行記(その2) [旅行]

お世話になるホストファミリーのお宅は、バンクーバー市の隣に位置する

バーナビー市に居を構えられておりますが

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ご覧の通りの豪邸です。こんな豪邸が立ち並んでいるのです。

バンクーバーの中心街から車で20分程度でですよ。

しかもビックリ感心したのは広い庭付きの家のみならず、あのとてつもなく長い

車をなんと家の前の広い道路に路上駐車するのです。

路駐した車の前には泥被りのジープが停まっていましたがそれは息子のだそうです。

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自宅車庫には趣味でオールドカーをリペアしているとのこと、優雅です。

さてワタシにあてがわれた寝室はドラムセットや壁に何本もつるされたエレキギター

が置いてある楽器部屋で、自立して家を出た長男が趣味で演奏していたのだとか・・・

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そしてこんな暖炉を構えたリビングルームで談笑。

 前回ふれたとおりワタシは中学レベルの英語力、先輩もです。

ホストファミリーの主は奥様に先立たれたとのことなので先輩とワタシの男3人、

中学レベルの英語を駆使しながらあとはボデイランゲージ(笑)です。

でもこのリビングに数百枚のLPレコードが並んでいて、しかもその殆どが

1970年代のポップスやロック系の曲なのです。

とくれば自分としても得意分野なので、手始めにビートルズのホワイトアルバムを

リクエストしたら、さっそく暖炉の横にあるプレーヤーで曲をかけてくれました。

その後も、ディープパープルやイーグルスなど日本でもおなじみのアーチストの

アルバムをこれでもかというばかりに聴かせてくれました。

(ただ何枚かは針が飛んで同じ個所を繰り返し演奏するので試聴不可能に・・・)

もちろんしらふではなく毎晩酒盛りで。先輩が成田空港で焼酎ボトル3本を買い

込んで入国したのですが(いいんですかねコレ?)うち1本は行きの飛行機でまわし

飲みして消費し、残り2本をこのリビングで一晩1本のペースで消費。

つまみはするめとカリカリ梅だったのですが、ホストファミリーはするめは硬いと

いいながらも結構召し上がられたもののカリカリ梅は口な合わなかったようです。

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さて翌日、ホストファミリーと先輩はその他のメンバーの人たちとゴルフをプレー

することが決まっています。

ワタシはゴルフは卒業したのでひとりで勇気を出してダウンタウンにショッピングに

行くつもりでいたのですが、今回のグループが世話になっている先ででゴルフに行かず

ショッピングに出かける別のホストファミリーがおられたので、その家までワタシを

送ってくれることになったのです(ホストファミリー同志が親友なので電話で確認を

とってくれたのでした。なんたる親切心!)

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こちらのお宅もご覧のとおり庭付き一戸建て。

で、この写真芝生の中心に黒い影が見えるでしょ。

なんと野生のリスがお出ましになられたのでした。

東京の都心でタヌキはたまに顔を出しますがさすがにリスに出くわすことはない。

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街を歩いていたらごらんのとおり木の上にもリスが・・・

人口200万都市とは思えないのどかさです。

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スカイトレインという高架鉄道を利用してダウンタウンへ向かいます。

IMG_1726.JPG  

日本の都市部の鉄道と同様の自動改札・・・ですが変なのは改札内に券売機が

備わっているのです。(画像はあるのですが何故か横に貼りついてしまうのでカット)

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これが切符ですが、降りるときも改札で回収しない????ナゾでした。

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ダウンタウンに到着、バンクーバー随一の繁華街(グランビルストリート)では

懐かしいトロリーバスを見かけました。2台連結のバスも走っていましたね。

(これはシャッターチャンスを逃しました(>_<)

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大道芸のお姐さんに遭遇。身長3メートルほど・・・

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工場建物をカラフルにペイント。

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石畳の道路に鉄道廃線跡が窺え、ついつい萌えてしまいます♡

さてショッピングを終えて、イタリアンで食事を摂ったあとに行きと同じスカイ

トレインに乗って帰ったのですが、そこで思わぬハプニングが・・・

<ここから先は品位を落とした内容ですので上品なお方はスルーされた方が・・>

実は直前の食事で急に便通が悪くなったので水を沢山飲んだのでした。

すると電車内で尿意を催すことになる。

しかし20分ほどの乗車で、さらにそこから

ホストファミリーの家まで徒歩10分程度だからさほど問題ないだろうと高を

くくっておりました。

でも便通異常での尿意なので通常より限界が短い感覚で訪れてきたのです。

そんなピンチの状態でさらなる不運が襲いかかってました。

下車駅の3つ手前の駅でトラブルが発生したらしく電車が動かなくなって

しまったのです。

しばらくは辛抱していましたが、英語の場内放送はさっぱりわからんし、動き

出す気配もないので、ホストファミリーに必死になってトイレに連れて行って

ほしいことを懇願しました。

すると早速ホームに降りてワタシを導いてくれました。

でも乗車駅や下車駅の状況を見る限り駅に公衆トイレらしきものは見当たらなかった

のでこの駅で果たしてトイレはあるのだろうか、と顔をゆがめながら心の中では

さらに不安が広がっていたのです。

そしてその後にホストファミリーが取った行動とは・・

ホームから階段を下りて改札口の前の壁にある大きめの扉の鍵穴に彼のポケット

から鍵を取り出して扉を開けようとするのです。

ワタシにはこの行動が全く以て理解不能でした。

しかし鍵はあかない、すると同じような大きさの隣の扉に対しても同様の作業を

繰り返すも開かない。

2つの扉が並んでいる向かいにももう一つ扉があって、そちらへも同じように

チャレンジするもいずれもダメ。

ワタシの下半身は臨界点に達しかかっていましたが、そうこうしているうちに

電車が動き出したのでワタシたちは階段を昇ってホームに戻りました。

乗っていた電車はすでに出発してしまいましたが、程なく次の電車が来たので

それに乗り3駅めで「Royal Oak Station」に到着。

そこで先ほどと同じ構造となっている同駅でも彼は同じ行動を取り、晴れて

扉は開かれたのでした。

中は、日本でいえば身体障碍者用トイレのような広さのそれでありました。

ワタシとしては九死に一生を得た気分です。

あとで分かったことですが、スカイトレインには日本のような公衆トイレは

配備されてらず、かわりに利用者各々が利用駅で3つほどあるトイレの鍵を

持っているのだそうです。

しかしさすがのホストファミリーも利用駅以外のトイレで鍵が使えるかどうか

は把握していなかった、ということでした。

いやあ、こんな事実は普通に旅をしていたら知りえなかったことなので貴重な

体験ができました(^^)/

その3へつづく

 


カナダ・バンクーバー・ホームステイ旅行記(その1) [旅行]

またも更新が滞っておりました。
一度退院した母が再入院してしまったり、パソコンのネット回線がトラブルで利用
出来なくなっていたのを忙しさにかまけて放置していたのですが、昨日およそ
1ケ月ぶりに復旧したのでようやくブログ更新の環境が整ったものです。
ー - - - - - - - - - - - - - - - - - -
 と言い訳はたいがいにして、古い話で恐縮ですが、ゴールデンウイークを利用して
とある海外旅行ツアーに参加したのでその報告を致します。
標題のとおりカナダ/バンクーバーとヴィクトリアを訪れ、バンクーバーでは今回
参加したツアー団体と交流がある人たちの先へホームステイをさせていただきました。
ワタシは英語など全くしゃべれない普通のおじさんで度胸もさほど座っていないの
ですが、根が楽天家でかつお世話になる先にはワタシの学生時代の先輩(その人も
ほとんど英語はしゃべれません)と2人なので妙な安心感を抱いておりました。
IMG_1682.JPG
空港にはトーテムポールのようなオブジェが観光客を迎えてくれました。
恥ずかしながらカナダやバンクーバーの予備知識が殆どゼロに近い状態で訪れた
のですが、カナダを含む北アメリカの太平洋側は先住民たちの歴史を有した
地域ということなのですね。
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空港のトイレに反応してしまいました。
個室はみな足元が見えるようになっているのが珍しくってつい1枚。
IMG_1684.JPG   IMG_1685.JPG 
ここは空港近くの昼食を摂ったホテルのレストランに通じるエスカレーターですが
普段日本では真っ直ぐなエスカレーターしか見慣れていなかったのでつい1枚。
IMG_1686.JPG      IMG_1687.JPG
さてここからは最初に訪れた観光地「Heritage Village」です。
今から100年くらい前のカナダにおける建物を再現したり当時の状態で保存
したりしているものを見学できるようになっているミュージアムです。
日本で言えばさながら「江戸東京たてもの園」とか「明治村」(行ったことは
ありませんが・・)のような感じでしょうか。
入場料が無料なのは良心的。
ただメリーゴーランドがありこれは有料なのですが、日本のそれと違い、回転が
かなり早く、大人が乗って結構楽しんでいました。
と、前置きが長くなりましたが写真は100年程前の駅と線路を再現された模様です。
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乳牛を表現したオブジェ。(これは別に歴史的建造物ではありませんが=苦笑=)
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さて、これはなんでしょう?  ヒント 家電です。
こたえ・・洗濯機。
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こちらも家電で電熱器。今でもカナダの各家庭ではこれに似たようなものを使用して
いるようです。
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これは日本でもおなじみ「シンガーミシン」
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西部劇に出てくるような店内(銀行の支店です)
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これは鍛冶屋の仕事を当時の服装をまとって再現しているものです。
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原付自転車
IMG_1696.JPG   IMG_1697.JPG
クラシックカー
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はかり。そういえば自分も子どもの頃はこのようなはかりが酒屋さんやお米屋さんに
置いてあり「量り売り」という文化があったなあ。
IMG_1699.JPG    IMG_1700.JPG
左右同じ家具で、左は脚立(?)でその上部半分をひっくり返すと椅子に早変わり。
まだまだたくさんの建物がありましたが、キリがないのでこれくらいに・・・
*     *     *     *     *     *     *
さてこの日の夕方は今回の団体と交流の深い先方の団体が所有するパーティ会場で
ビールを飲みながらホストファミリーの迎えを待ちました。
IMG_1701.JPG
そしてホストファミリー登場!
こんなごつい車で迎えに来てくれました。
◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇
つづく・・・・・

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世界最強の遺構【長崎/軍艦島】 [旅行]

 長崎半島の南西に浮かぶ通称「軍艦島」に行ってきました。 

細かいいきさつは割愛しますが、昨日偶然に偶然が重なったことで幸運にも

訪れるることができたものです。

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「軍艦島」とは三菱石炭鉱業が明治年代に石炭採鉱のために開発した島で、最盛期
には5千数百名が周囲僅か1km強のこの小島に居住、人口密度は東京23区の9倍を
数えたそうです。
しかしわが国のエネルギー政策転換のあおりを受け1974年に閉山、それに伴い
住民は全員が移住し以来無人島となりご覧のような廃墟と化したものです。
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さて無人島にはこの遊覧船で向かいました。
いつもながらの思いつきによる紀行でしたので事前調査皆無で乗り込んだことが
逆に自分にとっては新鮮な驚きの連続となりました。

 
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「軍艦島」は長崎港からおよそ20kmほど離れていますが、途中に三菱
重工長崎造船所が見られます。ツアコンさんの説明によると世界一の規模だそう。
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「軍艦島」手前の「高島」に途中下船、この島もかつては炭鉱で栄えた島です。
島内でオープンしている石炭資料館には軍艦島のジオラマが展示されていました。
こちらで「軍艦島」の建造物をおさらいして、その後はいざ軍艦島へ…
期待に胸が高鳴ります。
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目指す島が現れてきました。
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予備知識を持っていなかったがために喜んでしまったのは、島への上陸が
可能になっていたことです。(後で調べたら2009年からだそうで)
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そして更なる幸運は上陸が解禁となったとはいえ常に海が荒れているため
かなりの確率で上陸できない日があるそうですが、ツアコンさんによるとこの日は
年に数回あるかないかといえるほどの穏やかな気候だそうで問題なく上陸を
果たせたのでした。
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遺構とくれば煉瓦!
白くなっている部分は塩分とのこと、雨が降ったら全面塩が洗われて赤茶色に
戻るんですって。その姿も見てみたかったなあ。
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炭坑夫たちはこの階段を昇ってエレベーターに乗り地下坑に潜っていったそうです。
それはそれはキツイ作業のスタートラインとしての象徴なので何十万の炭坑夫たちの
怨念がこもっているからこそこの階段部分だけは崩れないで残っているのだろうと
ツアコンさんが解説をされていました。
そんな解説を聞いていたら思わず眼から汗が出てしまった。

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右側の廃墟が日本最古のRC建築(大正5年築とのこと、およそ今から100年前に
建築されたと考えると驚異的です)
以下廃墟の連続写真です。
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上陸の時間は30分ほどでしたが、廃墟のテーマパークの如し大迫力に
圧倒されっぱなしであり、もう十分に堪能できました。

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帰りの遊覧船上からの撮影で左が「軍艦島」、右は「中ノ島」。

この「中ノ島」からも一時は石炭を採取していたものの海水に侵されたり

したのでわずか数年で閉山となってしまったそうです。

その後「軍艦島」に住む人々の火葬場がこの島に建設されたとのこと。

現在は跡形もありませんが。

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ということで長崎港に戻ってきたのは出発の約3時間半後でした。

ツアー料金は「軍艦島」への上陸料金300円を含めて3,600円。

ツアー会社によって値段もまちまちでしたが、ワタシは4,500円のツアー

会社へ直前に電話で申し込んだものの満員で断られていたので、至っておトク

な気分で、しかもツアコンのおじさん(自分もですが)の解説はとても上手で

分かり易かったので幸せ度マックスの廃墟鑑賞でした。


【西武安比奈線】鉄道廃線跡紀行記 [旅行]

あっという間に1月が過ぎてしまいました。

(ここで少し脱線・・「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」という表現を

 よく使っていましたが、今朝新聞で「1月は往(い)ぬ」という使い方をして

 いたことに小さな驚きを覚えました。ググったら「行く」が圧倒的でしたが・・)

さて少し遡って先月地元小中学校時代同級生たちと忘年会で集まったときのこと。

幼なじみの友人にJRの運転士君がおりまして、筋金入りのてっちゃんです。

ワタシのテツ趣味における師匠のような存在。

そんな彼とその忘年会の中でふたりだけで「テツばなし」で盛り上がり、周りから

引かれてしまいましたがワタシが廃線跡を歩きたい、と彼を誘ったら賛同してくれ、

とくれば首都圏廃線跡スポットとしてはあまりにも有名な「西武鉄道/安比奈線」

(注)でしょうということで、一緒に歩く運びとなりました。

(注)安比奈線は正式には廃止されておらず休止線扱いです

お互い家族から「物好き」と呆れられましたが、訪れたのは正月休みの3日の日です。

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<安比奈線の存在を象徴する1枚。全長3.2Kmの中間あたり。>

さてここで安比奈線について超カンタンに解説します。

安比奈線とは西武新宿線終点「本川越」駅のひとつ手前である「南大塚」駅から

の支線であり、かつては入間川の砂利採取の貨物線として活躍するも、採取が

禁止になった昭和42年より休止線の扱いとなってしまっているものです。

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南大塚の駅を降り立つとホームの裏側に安比奈線が残っていましたが、すぐに

線路は途切れています。

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しかしその先を歩き進むと間もなくして線路は復活したものの、更に少し先には

国道16号線が幅を利かせており、レールは無残にも再び途切れてしまって

おります。

休止線扱いと言えどここを復活させるには並大抵じゃないと・・・

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昭和42年当時でしたら国道16号もそれほど道幅が広くなかったのでしょうかねえ。

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更にその先にはこのように細い道路との交差も見られました。

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レールの下に木の株が成長していったようです。

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全体像はこうなっております。

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「マムシに注意」

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安比奈線の後からできたであろう高架道路がまたも安比奈線を遮ってます。

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今度は木そのものが線路の真ん中からにょきり。

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この辺りまで来ると線路が見当たらず、またご覧のように荒れ地となっている

のですが突起物がどうやら終点を表しているようです。

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あっという間の3.2kmでした。

単身赴任時代に各地で廃線跡を歩いてきましたが、本丸東京の近郊で以前から

訪れたいスポットをテツの師匠と歩けたので自分としては非常に満足のゆく紀行

となりました。

ちなみに終点を極めたのがまだ昼過ぎだったため、その後は川越線の「的場」駅

まで歩き、そこから「小江戸/川越」の街を満喫(ずぼらブロガーなので写真なし)

そしてその後ワタシのリクエストで東松山(東武東上線で15分ほど)まで移動して

名物の「みぞだれ(串焼き)」を目指しました。

東松山はみそだれの串焼きやが軒を連ねている街ですが、正月なのでやっている店

があるか行き当たりばったりで訪ねて行ったのです。

すると駅前に店舗を掲げる有名店が1店だけあいていたのでラッキーでした。

しかし満員でいったん断られるも粘ったら2人だけだったこともあり、相席を

詰めてもらい潜り込みに成功。

20年前に評判を聞き出張のとき食して感激して以来なのでまさに20年ぶりで

したが、濃厚な辛味が効いた「東松山 みそだれ」の旨さに堪能し、からだが

冷えていたこともあって芋の湯割りも進み至って充実した1日となりました。

◇          ◇          ◇          ◇

1月25日 新宿シティハーフマラソンの10kmコースはどうにか最低目標の

制限時間(70分)内完走は果たせました。

当日は天気にも恵まれ気持ちよく走れましたが、願わくば60分が切れたらなあ

と臨んだもののそれはまったく叶わずでした。

昨年までは国立競技場がスタートおよびゴールだったそうですが、今年は全面

改装のため神宮球場がゴール。初めて踏み入れたグランドなのでちょっと感激。

でも走ったコースは近場を3周と素っ気なかったので、来年はもう少し練習を

積んでコースが変化に富んだハーフにチャレンジでもしてみようかな、とギリ

チョンタイムの分際で志だけは高く持っているムコウミズオヤジなのでした(>_<)


西武鉄道/西武秩父線とラッピング車両『銀河鉄道999』 [旅行]

昨年のことですが、西武ホールディングスが筆頭株主である米国サーベランス社より

不採算路線として「西武秩父線」の廃止を求めているという記事が話題になりました。

西武線沿線に住んでいた私は大の西武線ファンなのでこのニュースは聞き捨てならず、

非常に気を揉まされました。

しかし西武ホールディングスのみならず地元埼玉県民の猛反対もあり、話が進展する

ことなく、また先月めでたく再上場を果たしたのでもう終息したものと判断します。

と、そんな出来事があったので、先日JR宇都宮線の久喜方面に用事があって

出掛けた後「乗り鉄」を思い付き、東武伊勢崎線~羽生駅~秩父鉄道~御花畑駅を

乗り継いで西武秩父線に乗車してきました。

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 思えば昭和44年10月に西武池袋線が西武秩父まで延伸したとき当時小学生だった

私は、親に懇願して秩父への家族旅行を実現させて開通直後の西武秩父まで乗り鉄

したものです。

いわゆる池袋線終点の「飯能駅」の2つ先になる「高麗駅」までは遠足で訪れていたの

ですが、その先は当時の自分にとって未踏の地だったのでまばたきするのも勿体ない

くらい車窓に釘づけになっていました。

特に「正丸駅」と「芦ヶ久保駅」間には正丸トンネルがあり当時私鉄日本一の長さを

誇っていたこととここの駅間距離は6.1Kmと西武鉄道の中で最長不倒距離であったため

興奮がピークに達していたのを今でもよく憶えています。

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 さて秩父鉄道の「御花畑駅」に着き、そこから徒歩で「西武秩父駅」に向かいます。

ここを歩くのは四十年ぶりくらいですが、ロケーションは当時とあまり変わって

ない印象。でも西武秩父駅は「仲見世通り」なる観光物産の店舗が多数出店して

いて様変わりしておりました。

仲見世通りで旨そうな掘りたてタケノコが¥200で陳列されていたのでそれを買って

跨線橋を渡り「西武秩父駅」ホームから車両に乗り込もうとして、びっくりして

しまったのは車両のデザインです。

800px-Seibu-railway-4000-20090824[1].jpg

(ウイキより)

いつもながらリサーチなしでやってきたので、普段見慣れている西武新宿線や

池袋線ではお目にかかったことのないデザインだったこともありちょっとうろたえて

しまいました。

さらに車両の中に足を踏み入れると、座席はクロスシート(長距離列車に配備され

ているいわゆる2人×2人対面形式の並び)とロングシート(山手線など首都圏を走る

車両に配備されている電車のレールに対して平行に位置されている並び)が併用されて

いるセミクロスシートとなっていることにまたまたびっくり。

でも冷静に考えてみると、ここは西武鉄道と言えども「西武秩父線」であり、西武

秩父駅=飯能駅間に限って運転しているのであるから通勤ラッシュが激しいわけでも

なく、また駅間距離も長いのでそれに適した車両なのだ、ということ。

そこで冒頭の記事の件ですが、サーベランス社としては西武秩父線を全くひとつの独立

した路線という発想のもと「廃止せよ」という考えにたどり着くのだなあ、と妙に納得

してしまいました。

 さて奥武蔵の山並みを縫うようにして走る西武秩父線の景色を存分に堪能しアッと

いう間に「飯能駅」に到着。

ここからは見慣れた「西武池袋線」に乗り換えたのですが、つい最近知人から「銀河

鉄道999」のラッピング車両が走っているという情報を聞いたことをこのとき思い

出したのです。

果たして「飯能駅」には2車両が停車していましたが、どちらも999ではありません。

ならば池袋に到着するまでに999にすれ違うことに望みを託しました。

「飯能駅」発車後は対抗車両をくまなく観察、されど遭遇はままならず・・・

しかし飯能から7駅めに当たる「小手指駅」の手前に大きな車両基地があることを

思い出したので、もしかしたらそこに格納されているかも知れない・・と考え付き

期待に胸を膨らませ、いざ車両基地を通過・・・

すると

800px-Seibu-Kuha3012-Bushi-20090501[1].jpg

(ウイキより)

ありました!!期待通りにメーテルが休んでおりました。(^^♪

 帰宅後リサーチ不足を補うべくいろいろ調べて分かったことは、このラッピング車両

は2009年から走っていたこと、当初2013年3月までの運行で予定されていた

ものが2014年12月まで伸びたこと(ラッキー♫)などです。

なおなぜ西武池袋線で999かと言うと、作者松本零士氏の住まいが沿線の

「大泉学園駅」であるからとのことです。(このことは随分前から知っていた

のですが)

ならば西武新宿線沿線住民の私としては、機動戦士ガンダムの聖地である

「上井草駅」を象徴するべくガンダムラッピング車両を新宿線に走らせたい、

と身勝手に思ったりするのです。

更に鉄腕アトムの象徴である「高田馬場駅」と合わせ最強ロボットコンビで

ラッピングするというのはいかがでしょう(笑)


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また性懲りもなく100Kmウォークに参加しました [旅行]

一昨日~昨日に開催された「群馬磯部温泉~浦和宿/中山道100Km歩け歩け大会」

に性懲りもなく参加してきました。

「性懲りもなく」というのは2年半前に愛知・三河で行われた100Kmウオークに

初参加したとき、もうこんなに辛くて苦しいイベントには二度と参加するまい、

と心に誓ったにもかかわらずひょんなことから申し込んでしまったからです(苦笑)

もう群馬から離れてしまっていたので、大会主催者が手配してくれた「かんぽの宿」に

前泊したのですが、相部屋となった相手は60代の方で100Km初挑戦だそうです。

先月「かち歩き大会」という新宿ー青梅43Kmを10時間以内に歩くイベントに

参加されてタイムがなんと7時間だったそうでちょっと尊敬してしまいました。

でも私は愛知の時の体験から「しかし40km過ぎから急に足にきてペースダウン

するから、オーバーペースは気を付けた方がいいですよ」と偉そうに語り、その方

からそれぞれのチェックポイントの到達目標時間について相談を受けるも、とにかく

完歩することが一番と聞き流しておりました。

           ◇

 さて当日は朝7時に磯部温泉の「赤城神社」に集合して開会式がスタート。

来賓の挨拶でちょっとびっくりしたのは100Kmウォーク生みの親として愛知の大会

創設者の方が登場されたことです。

本大会は某企業が主催でそこの社員の方々の参加者に対する心配りが非常によくできて

おり感心のひとことなのですが、思えば愛知の大会もそうでした。

また大会のスローガン「感動・感激・感謝」や「歩け歩け大会」と銘打っている点など

多数の共通点が見られるので、19回を数える愛知の大会を本大会は手本にしているの

だろうな、と勝手に推察しました。

コースは中山道をひたすら浦和(現さいたま市)まで歩くシンプルなものです。

スタート直後はのどかな田園風景が広がっています。

高崎市内に入るとよく仕事として自動車で通った道を歩くのですが、眼に映る景色が

全然違うんですよね。

街角ウォッチャー兼ブロガーとしては写真に収めたいロケーションに数多く出くわした

のですが、そんな誘惑を振り切り本日は完歩を目指しひたすらゴールに向かったのです。

30,40,50Kmの中継点ではおおよそ時速5Kmのペースで想定範囲内。

しかし60Kmあたりから左足すね前部のスジが痛みだし、以降はその痛みとの

闘いとなってしまいました。

天候の方も日中は晴れて気温も暑すぎないウオーキング日和でしたが、晩には

気温が急降下、しかも天気予報では降水確率0%であったのに霧雨が降ってくる

かなりヤバイ状態に陥り、天気予報を恨みつつカッパなどの雨具を50Km

時点で受け取らなかったことを後悔しながら寒さを耐え忍び歩いていました。

しかし助かったのは70Kmポイントです。

実行委員の方々がアツアツの肉じゃがうどんを用意してくれていたのです。

食欲は無かったのですが、体を温めるため半ば無理やり食したら生き返り

ました。

けれども相変わらずの低温と霧雨が続く中、80Kmポイントに到着したとき

先に着いた何人かが休憩所に設けられたテント内で分厚い毛布にくるまれて

気持ちよさそうに眠っているではないですか。

現在夜中の1時過ぎ、私も椅子に座って毛布にくるまるとほんわかとあったかくて

天国に昇った気分。

制限時間は十分あるので私も毛布にくるまって仮眠をとろうかな、との誘惑が思い

浮かびしばし心の中で葛藤が生じました。

しかしここで仮眠したら再びこの足の痛みを押して歩き出すことは1000%以上

ムリだろうと思い、心を鬼にしてくるまっていた毛布を置き再び歩き出しました。

痛めた足をダマしながら歩くも最終10Kmはさすがにそれまでのタイムの倍近く

かかり、ホントにすり足でそろそろと歩行を繰り返し待ちに待ったゴールにたどり

着くことができました。

愛知のときより5時間ほどタイムを縮めることができたので苦しんだ時間帯がそれ

だけ短かった、ということは今回の方がたやすかったのではないか、と分析できる

かも知れませんが歩き終わった直後の感想としては全く変わらぬ印象でしたね。

そう、もう二度と参加したくない、という気持ちでいっぱい(バカですよね・・)

因みに前泊の宿で同室だった方は何と私より3時間も早くゴール。

ゴール地の会場である別所会館内の大浴場でお会いしたのですが、苦痛で顔が歪んで

いる私とは対照的にニコニコと余裕の表情。

恐るべし60代・・・

一夜明けても、左足のスジの痛みは尋常でなく今日も1日安静にしてはやく社会復帰

できるよう癒します(笑)

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 さてタイトルをマイナーチェンジしました。

実は長年勤めていた会社を少し早目に退職したので、それに伴い「単身」解消です。

実家の新宿区で80代半ばでありながら一人暮らしを続けている母親が心配になって

いたのでそこで一緒にいよう、と決断しました。

家族とは末子も二十歳を超えたし元々9年ほど単身生活が続いていたので違和感なく、

私の我を通してしまった格好です。

今は浪人生活ですが、勤め先も決まり再び来月からリーマンしますのでしばしの自由人を

楽しんでいるところです。

今度は転勤のない会社なので見知らね土地での未知の開拓を味わう楽しみは無くなります

が、その分新宿区をはじめとした近隣の地域等自分目線で発見したことなどを、かつての

職場で尊敬の念を以って命名(笑)された「天然」感覚でマイペースで発信してゆこう

かな、と考えておりますので引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。