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井上尚弥モンスター伝説【怪物に出会った日】を読んで [本]

読んでいて幾度となく体の中を電流が流れた。


 ◇新刊本:怪物に出会った日~井上尚弥と闘うということ

 ◇著 者:森合 正範


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この書物を読み終えた直後の率直な心持ちである。

筆者は東京新聞運動部記者なのですなわちスポーツ記事を書くことを生業としている。

そして筋金入りのボクシング愛好家だ。

そんな筆者は井上尚弥の相手を仕留める闘いぶりが圧倒的すぎる余り、表現がいかにも

薄っぺらくなってしまいその本当の強さを一般大衆に伝え切れていないのではないかと

いうジレンマに苛まれていた。

そんなときボクシングにあまり明るくない記者仲間のひと言が腹にストンと落ちた。

それは井上と対戦して敗者となってしまった相手を取材してみてはどうかということ。

割と当たり前すぎる受け答えだったが筆者にとってはその着眼点は盲点だったためこれ

は行けるのではないかと直感したが、しかし同時にそれは極めて困難な作業であること

も理解していた。

なぜなら筆者は学生時代から後楽園ホールでアルバイトをしてきてボクシングの試合の

舞台裏にも携わってきた。

勝者のグローブより敗者のグローブの方が重く感じたり、負けた選手の嗚咽が耳に残っ

ていたり・・という敗者のつらい現実を体感してきていた。

選手にとって敗北がいかに精神的な負担が重たいかを目の当たりにしてきたのである、

まして取材する相手はプライド高き元世界チャンピオンたちであり、深く傷ついたであ

ろう敗戦の思い出を一介の新聞記者ごときに素直に語ってくれるるのだろうか・・

それでも筆者にとっては井上がいかに普通の勝ち方ではないことを、一般大衆へ正確に

伝えるためにはこの手法がベストであるという信念のもと勇気をもってそれを実行して

ゆく。


インタビューは海外の元チャンピオン3人を含む外国人選手6名。日本人選手4名それに

海外チャンピオンの息子1名の計11名に対して行われている。

いずれも敗者の口から衝撃的な状況が生々しく語られているのだが、私がもっともその

衝撃を強く感じたのはオマール・ナルバエス(アルゼンチン)の証言。

「ブロックしようとしたら思った軌道と違っていた。パンチが外側から来ると思ったら

角度が変わってガードの内側に入ってきた。フックの軌道がストレートに変わったよう

な・・」

ナルバエスはアルゼンチンボクシング界の超英雄であり12年間に渡りチャンピオンベル

トを維持、18年のキャリアにおいてKO負けはおろかダウンの経験すら無いほどにディ

フェンススキルの高い選手が吐露した言葉である。

かたやこのとき井上は弱冠21歳、戦績は7戦7勝とプロの試合は10戦にも到達してい

なかった時期、かつ井上にとってはライトフライ級からスーパーフライ級へといきなり

2階級もあげての世界タイトル挑戦だったことを考えるとどれほどまでに井上のパンチ

が離れ業であるかを端的に物語っている証左だ。

このような敗者のリアルな証言が満載なのだが、この書籍全体から浮かび上がる井上の

最大の凄さとはいったい何かを考えた時、それは「謙虚さ」ではないだろうか。

通常のチャンピオンの場合世界タイルマッチの直前は極めてナーバスとなるため、イン

タビューでは口数が少なくなるが、井上の場合対戦相手がビッグであればあるほど饒舌

になり逆に相手が大した実績を有していない選手の場合は口数が少ないそうである。

ボクシングチャンピオンは2種類の考え方を持つと言われて来ている。

ひとつはとにかく金を稼ぐために強くもない相手を選んで防衛を繰り返すタイプと、も

うひとつは常に強い相手を選んで自分自身の実力を測り試合で勝利して、次の試合へ精

進を重ねる。

井上はまぎれもなく後者のタイプだ。

だから井上は実力の低い相手と闘うときはモチベーション維持のため口数が少なくなり

実力者との対戦前は本人自身がワクワクしているために多くを語ってくれる、と筆者は

分析している。

格闘技系スポーツでは対戦前に舌戦がしばしば繰り広げられる。

相手を口汚くこき下ろし自分の凄さをアピールするアレだ。

かつて「ビッグマウス」と揶揄されたボクシング界のレジェンド<モハメド・アリ>の

名残りかも知れない。

いっぽう井上は対戦相手を試合前後通じて常にリスペクトする姿勢を崩さない。

相手をけなすような言動はもちろん一切行わないしさりとて自分自身を誇示することも

まったくしない、きわめて紳士的な態度に終始しているのである。

唐突だが米国大リーグで先日2回目のMVPを獲得した大谷翔平の最も優れた点を挙げ

るなら私としては恐ろしいまでの謙虚さを真っ先に指摘させて戴くが、同時期に日本が

生んだこの2大ビッグスターに共通するところだと強く感じるし、また日本人として誇

りに思ってしまう。


さて最後に私の願望を記して締めることとしたい。

井上尚弥が現在の地位を築き上げる以前に山中慎介という王者がWBCバンタム級王座

を12度防衛する活躍を見せていた。いわば井上以前の日本が誇るボクシング界スーパ

ースターである。

しかし具志堅用高の13度防衛の日本記録直前でルイス・ネリに敗れたわけだがネリは

後日ドーピングで陽性反応がなされたと報道されるに至った。

ところがメキシコ出身者であるネリはWBCという組織自体がメキシコに本部を置いて

いることから自国選手へ不利に働く裁定はなされずチャンピオンベルトははく奪されな

かった。

その後山中はネリに再戦を挑んだものの今度はその重要なマッチでネリがなんと体重オ

ーバーを犯したのである。

山中は試合を拒むことも出来たが続行するも結局2RにTKO負けを喫して引退を余儀

なくされた。2018年3月のことである。

現在ネリはスーパーバンタム級に階級を上げなおも暗躍しているので井上と土俵が同じ

なのだ。

そこでこの悪童を井上のパンチでマットに沈めてもらい山中に見せた蛮行の仇を取って

ほしいと願うのである。






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【2023RWC総括】決勝トーナメントをすべて1点差で頂点を極めた偉業 [スポーツ(ラグビー)]

2023ラグビーワールドカップが10月29日の決勝戦を以って幕を閉じました。

ウエブ・エリス・カップを手にしたのは12-11の1点差でオールブラックス(NZ)を制した

スプリングボクス(南ア)でした。

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(勝利が決まった瞬間CPコリシは終了前にシンビンを受け一人欠けさせてしまった責任感

から試合を直視することができずジャージを被ったまま下を向き続けていたコルビの元へ

真っ先に駆け寄って抱擁する感動を呼んだシーン)


過去の大会においても決勝戦は極めてドラマチックな展開が多々演じられてきましたが

今回はノックアウトトーナメントの3試合(準々決勝・準決勝・決勝)すべてで1点差勝ちと

いう、ドラマですらあまりにも現実離れしていて成り立たないような筋書きをやり遂げた

勝負強さに対して言葉が見つからないほど驚愕し、また感嘆してしまいました!

50日に渡って繰り広げられたワールドカップは開催直前までランキング1位のアイルラン

ドか開催国フランスの北半球2か国が優位と見られていましたが、蓋を開けてみればやは

り南半球の実力2か国による決勝戦でした。

しかし今回ワールドカップは予選プールでも劇的な試合が少なくなかったのですが、こと

決勝トーナメントはノーサイドまでどちらが勝利するか分からぬ手に汗握る好ゲームが目

白押し、特に準々決勝の4試合はすべてが非常に白熱したゲームでした。

そう言った中でも後で振り返ればまるで緻密な筋書きで仕組まれた『スプリングボクス(南

ア)劇場』とでも言えるかのごとくドラマチックな展開に終始したと言えます。

まず予選プールでのアイルランド戦では8-13敗戦。この時点では試合内容から明らかに

アイルランドの実力が一枚上であるように見受けられました。

スタンドオフ(10番)を任されたリボック選手はランスキルでは傑出しているもののプレース

キックが不調で外しまくっておりそれが敗因であったとも言えます。

その弱点を決勝トーナメントでどのように修正したのか・・

それは世界最強と言われるフッカー(2番)マルコム・マークスがケガで出場不能となった代

替としてなんとこちらはケガから復帰のハンドレ・ポラード(10番)をエントリーしたので

した。

専門職であるフッカーの交代要員にスタンドオフを充てる、という一見無鉄砲ぶりが決勝ト

ーナメントで見事すぎるほど術中にはまるわけです。

決勝戦でスプリングボクスはノートライの4ペナルテイキック12点をすべてポラードの右足

で刻んで積み上げたわけです。対してオールブラックスは2トライあげるも1本はTMO(テレ

ビマッチオフィシャル)での取消しが響き1トライ(ノーゴール)2ペナルテイゴールとなり南

アに1点及ばなかったわけですから。

また同じ1点差でも試合展開としては土俵際での見事なうっちゃりとなった準決勝の対イン

グランド戦の方が痺れました。

この試合は南ア以上に手堅いキック攻撃で進めるイングランドが残り10分強まで15-6

とラグビーでセーフテイリードとされる8点差以上をつけていたにも関わらず、ここから奇

襲とも言える自陣22m内でのフェアーキャッチ後にスクラムを選択したのです。

よほどスクラムにゆるぎない自信を持っていない限りありえない選択ですが、これが奏功し

てロングゲインを獲得、その後の攻撃でトライまで持って行き15-13の3点差まで詰め

寄り以後残り3分の時点でスクラムによる反則(ペナルテイ)を獲得、ほぼ正面と言えど50

m以上の距離をポラードは涼しい顔で決めて15-16と筋書き通りと言えるような展開で

逆転に持ち込んだのでした。

準々決勝ではフランスのトライ後のコンバージョンをチャージしたコルビ選手の活躍が特筆

ものでした。

草ラグビーレベルではまれに見られるプレーですが大舞台のワールドカップでこんなプレー

が見られるなんて世界中のウォッチャーが誰も想像すらしていなかったでしょう。

このチャージがなかりせば南アは1点差で敗北を喫していたわけですから。

それから特筆すべきはメンバリングのFWとBKの構成比です。

決勝戦では世間をあっと驚かすメンバリングで臨んできました。

それはリザーブ8人中FWの選手を7名、よってBKは1名のみという布陣。

もともと強力FWを武器としている南アゆえその特長を最大限活かすべくFW6人体制はしば

しば採られてきました。

このFW6人体制ですら他で実践したチームを殆どみることがありません。

ポジションの専門性やケガによる交替リスクを勘案して常識の範疇ではFW5人(うちスクラ

ム第1列で3人)BK3人となるわけですから・・・

でも実はこの奇襲とも言える布陣は予選プールのアイルランド戦でも試していたわけです。

そしてこの戦術を語るにはラグビーのルールの変遷について触れておかねばなりません。

ラグビーほどルールが目まぐるしく変化するスポーツは珍しいのではないかと思います。

第1回のワールドカップが開催されたのは今から36年前の1987年。

その頃はリザーブは今より1人少ない7名でかつ先発メンバーが試合途中でのケガにより

プレーの続行が不可能とレフリーが判断したときのみ2名まで交替ができるというルールで

した。

なので基本的には先発で出場した選手が80分間のノーサイドまでプレーをやり切るという

ことが当たり前とされていました。

ところが何年か前からリザーブを含めた23名で1試合をたたかう、つまり試合途中での

選手の入替は自由(ただし原則入れ替えられた選手は再出場は出来ない)というルールに

変更されたことにより、監督・コーチがより戦略的に選手を交替させる、ひいてはその交替

のタイミングが勝敗を大きく左右するように様変わりしたのです。

南アでは主力選手を温存させて後半になって一気にその主力選手たちを出場させる戦略が

結果的にはことごとく的中した、と見受けられます。

なおこの南ア独特の戦術は前回大会からすでに取り入れられていました。

4年前の日本大会では準々決勝で日本が南アと対戦した時すでに世界ナンバーワンフッカー

とうたわれていたマルコム・マークスは後半を少し経過してからの登場でした。

南アのようにフィジカルモンスター軍団のFWを擁したチームにはこういった戦術が有効で

あることを実証した形だと考えられます。

今後たとえばFWに自信を有したジョージアなどではこの南アの戦術が取り入れられるので

はないかと個人的には想像します。

また国内に目を向けリーグワンや大学・高校のチームなどでも模倣されると思われますね。


さて最後に今回の日本の戦績について独自意見を綴りたいと思います。

決勝トーナメント進出の目標には届きませんでしたがしり上がりで調子を上げてきたので

かなり健闘してくれた、というのが一般の評価です。

しかし私個人としては厳しい意見となってしまいますが結果に対して極めて不満足です。

それは選手個々というよりジョセフヘッドコーチを筆頭とした首脳陣と日々結果や各種の

情報を報道するマスコミの記事に対してです。

まず首脳陣においては今回選ばれた33名のスコッドに対する選定理由の不透明さとそれ

に対する明快な(納得できる)解説がなかったこと。それに各試合における先発メンバーや

それこそ戦略的な途中交替のタイミング等の戦略的ミスがかなり見受けられたように思わ

れます。

またマスコミの記事に関してですが、各記事とも横並び肯定的な意見を付したものばかり

でウンザリしました。

少しは批判的かつ真実をえぐるような骨太のすなわち首脳陣やある程度目の肥えたファン

を納得させてくれるような記事を各社の特徴において発信してくれてもしかるべきではな

いか、と思うわけです。

そんな記事を発信したら戦力強化が混迷してしまうリスクもあるかもしれませんがもちろ

んそういう意図では無くひとえにブレイブ・ブロッサム(ジャパンチームの愛称)強化のた

めに隠された事実をキチンとオープンにしてもらいたいというものです。

本当はジャパンがアルゼンチンに敗北した直後に怒りの記事をつづるつもりでしたが、(い

つものように)モタモタしているうちに決勝トーナメントが始まりどの試合も感動の連続だ

ったため気持ちも落ち着いてしまい、終わってしまったことをつらつら批判しても後味が悪

くなるとの思いに考えが変化したので一点だけ触れて締めたいと思います。

それは7月よりワールドカップを見据えてスタートしたテストマッチからワールドカップ本

戦の試合における特にFB(フルバック)の人選について。

最後まで迷走としか思えないような変遷を辿ったのではないか、と断言します。

2019のアイルランド戦、スコットランド戦はジャイアントキリングでした、それに対して

今回イングランド戦、アルゼンチン戦は2019のときのようなほぼノーミス&(チーム全員が

同じ絵を見る)ワンチームに徹すること、そしてラスト20分のフィットネスと集中力を発揮

していればジャイアントキリングと言われるほどでもなく間違いなく勝利したと確信してい

るからです。                                 以上                                                                                 


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