<トキワ荘>復刻!! [地域]
<トキワ荘>が帰ってきました!
★「トキワ荘」とはかつて豊島区に所在し手塚治虫氏や石森章太郎氏などのちに錚々
たる活躍をなしてマンガの神様と称えられた人物たちが駆け出しの頃を過ごした伝説
の建物です。(拙ブログ2015年執筆『トキワ荘』をご参照ください)
そのトキワ荘が7月7日<トキワ荘マンガミュージアム>として<南長崎花咲公園>
改め<トキワ荘公園>内にオープンしました。
ワタシの住まいから徒歩20分程度なので先週末と本日にわたり訪れてみたのです。
ミュージアム内見学は完全予約制なのですが先週はぶっつけ本番で訪れたため、
中に入ることができず外見だけ下見をしました。
そして本日は事前予約に則り満を持してじっくりと館内を鑑賞して来ましたよ。
冒頭の画像のように当時アパートの入り口には立派な看板が案内役を果たしていた
のですね。
自分の子ども時分であった昭和30~に40年代ではこの様な建物が至るところ
に立ち並んでいたのでとても懐かしいです。(建物裏側・・先週撮影)
建物表側・・本日撮影
平成生まれの方に質問です、右側の構築物はなんでしょうかね。
当時は壁面がこの様に薄ピンク色でした。
絶滅危惧種ですが現在でも辛うじて透明のガラス壁面のものはたまに街で
見かけますね。
正解は公衆電話ボックスです。
少しだけモダンなデザインの井戸ポンプ。
さてここからはいよいよ建物の内部です。
1階と2階があり2階は撮影OKでした。
まずは『共同炊事場』です、現代風になぞらえればシェアハウスで見られる
『共同キッチン』ですかね。
トキワ荘の棟上げとほぼ同時に入居した手塚先生は1953年初頭から54年秋
まで居住し入れ替わりで藤子不二雄先生(2名)たちが入居されていた部屋です。
鈴木伸一、よこたとくお先生らの入居部屋。火鉢が当時の生活感を物語って
います。
こちらも当時の仕事兼生活がリアルに再現、中華<松葉>(後に登場します)で
出前を頼んだと思われるラーメン丼の食べ残しも見受けられます。
以上2階部分の展示スペースでした。
1階は資料スペースと各先生方の作品(漫画単行本など)ですが残念ながら撮影
禁止です。
中華料理<松葉>
ミュージアムからトキワ荘通りを東に300mほど進むと藤子不二雄作品に
登場する有名なキャラクター<小池さん>が食べているラーメンのネタ元
の店舗です。
本日こんなニュースが掲載されていました。
ちなみに手前の街路灯に掲げられているマンガミュージアム開館の宣伝は
3月22日となっていますね、コロナの影響で3カ月半遅れです。
その<松葉>の60年ほど前の姿です。
こちらの<トキワ荘通り お休み処>2階の展示室に上の写真(60年前の
<松葉>)が飾られていました。
この施設は<松葉>の向かい側にあり、主にトキワ荘関連グッズの販売を
担っております。
(拙ブログ2015年執筆『トキワ荘』ご参照ください)
<トキワ荘マンガステーション>
<お休み処>の3軒手前(マンガミュージアム寄り)にこの7月7日に同時
オープンしたトキワ荘漫画家たちの作品を無料で読むことのできる施設
です。
ワタシは寺田ヒロオの『暗闇五段』を見つけてむさぼるように読み出し
たのですが、ほどなくコロナのための換気入替で退出・・
次回時間にゆとりを持って再チャレンジすることとします。
ということで<トキワ荘マンガミュージアム>を中心に各施設が点在した
形となっていますが、基本どの施設も無料で利用できる割にはかなり充実
した内容です。
運営主体の豊島区さん、相当頑張ったと思います、素晴らしい。
東京都内にご在住の方でしたらこんどの連休にちょうど手ごろなお散歩
スポットとしておススメです、ただしミュージアム内は完全予約なので
ご注意を・・その他マンガステーションやお休み処、それに<松葉>は
もちろん予約は不要です。(最寄り駅は地下鉄大江戸線<落合南長崎駅>
徒歩8分程度)
追記
<トキワ荘マンガミュージアム>から徒歩2~3分のところに伝説のプラモ
ショップ<イトウ模型>があります。
このお店は開店している時間が週に1日だけでしかも2時間のみというナゾ
の営業形態が話題を呼んで2か月くらい前のNHK『所さん!大変ですよ』
(毎週木曜19:30~放映)という番組に登場しました。
店主がなんと97歳のおばあちゃんです。
ワタシも子どもの頃兄について行って訪れたことがありましたがよもやまだ
店舗が存続していたとはそのテレビ番組で観ていて知ることとなり腰を抜かす
ほど驚いたのでした。
(ただし直近では「しばらく休みます」と貼り紙があるので気がかりですが・・)
さらに蛇足でもうひとつ地元ネタ
この近辺にコラムニストの泉麻人氏の実家があります。
<地上の星>伝説のNHK紅白LIVE映像が再現~あのハプニングが再び… [音楽]
NHKの音楽番組『うたコン』は毎週複数のアーチストたちが出演し、ライブで
歌唱を披露してくれていましたが、コロナ禍の影響でライブの形式は残している
ものの視聴者からのリクエストなども踏まえて過去の名シーンを放映してくれる
方式に差し替えられているので逆にこんなときだからこそ思いも寄らぬ懐かしの
名場面に遭遇する機会が増えています。
先日の蔵出しはなんとなんと中島みゆきさんが紅白に出場して唄われた<地上の星>
でした。
2002年12月31日に放映されたこのシーンを皆さんはご覧になられていましたか?
ワタシはこの場面をくっきりと憶えているのです。
というのもNHKの気合の入り方が尋常でなく
このとき初出場となる中島みゆきさんが歌われる場所は、紅白の会場たるNHK
ホールではなく、富山・黒部ダムのトンネル内というとてつもなく常識を逸脱
した企画だったのです。
<地上の星>と言えば名番組として今でも語り継がれている『プロジェクトX~
挑戦者たち~』(注、以下「プロジェクトX」に略します)の主題歌です。
そのご縁によりそれまで紅白歌合戦に出場が叶わなかった最後の超大物エンター
ティナーのひとりと数えられていた中島みゆきさんの出場が決まったのでしょう。
いっぽう『プロジェクトX』ですが、日本の高度経済成長期を支えた商品などの
知られざるエピソードをドラマチックにドキュメントタッチで取材した人気番組
でしたが、調べたら今からもう15年も前に番組は終了しているのですね。
(蛇足となりますが、やらせ問題が発覚して打ち切りとなってしまいました。
この後継番組が『プロフェッショナル 仕事の流儀』です)
その『プロジェクトX』が取り上げた内容で特に評判の高かったのが「富山・黒部
の黒四ダム建設」であったため初出場の中島みゆきさん自らの提案でこの黒部ダム
から生中継で歌うことになったそうです。
しかしワタシがなぜこのときのライブをくっきりと憶えているかの答えは度肝を抜か
れた黒部ダムのトンネル内での熱唱も確かにインパクトはありましたが、それ以上に
中島みゆきさんが一部歌詞を間違えたため字幕の歌詞と違って放映されたというハプ
ニングが起こったことなのです。
話を『うたコン』に戻します。この日うたコンを視聴していて紅白での<地上の星>
を流します、とMCの谷原章介さんが案内されたとき即座にあのハプニングを再現する
のか・・中島みゆきさんの承諾は取れたのか、と下世話にも心配しながら俄然野次馬
根性丸出しとなって見入りました。もちろんアイフォンで録画もしましたよ。
そして問題の場面に差し掛かった時・・・ひょっとして映像を飛ばすかな、とも考え
たのですがそのまま放映。ところがそのシーンではこちらが考えもしなかったテク
ニックでこのハプニングを切り抜けていました。
それは中島みゆきさんが間違えて歌った歌詞に字幕を合わせたのです。
♪名だたるものを追って輝くものを追って人は氷ばかり掴む を一番と同様に
♪(地上)にある星を誰も覚えていない人は空ばかり見てる と歌われたのでその
歌詞に差し替わっていました、お見事パチパチ。
いっぽう中島みゆきさんの姿に着目すると、アタマ出しが飛んで「地上」が無言になった
部分が少しだけ不自然に聞こえる以外顔色一つ変えずにこやかに熱唱する姿は百戦錬磨
のプロの風格が窺えます。
私がしばしば聴きに行くライブバーでボーカリストがユーミンのメジャーソングの歌詞
を一部間違えて歌われると(ユーミンへの敬意を表しているのとご本人の誠実な性格
にも由来しているのでしょうが)「間違えました~」とわざわざ伝えてくれますw
(申し出なければ誰も分からないのにです)
ライブにハプニングはつきものです。
そんなハプニングのまま『うたコン』では紹介してくれることを少しだけ期待しましたが
中島みゆきさん(かその取り巻き)がさすがにそれには首を縦に振らなかったのでしょう
かねえ。
でも当の中島みゆきさんはこの12年後に紅白出場へカムバックするに際し「また何かしで
かさないように頑張って歌わせて頂きます」と謙虚にコメントしているのですね。
ますます応援したくなります。ファイト♪~闘う君の唄を~